求める会ニュース

例会報告

 2003年2月8日(土)豊中市立千里図書館読書室にて第17回「求める会」総会が行われました。
 活動報告・会計報告・活動方針・役員選出など満場一致で承認されました。

 総会後の記念講演では、日本の障害学第一人者の一人、倉本智明さんにお話いただきました。
生粋の大阪人らしいユーモアたっぷりの本音トークの中にきっちりとした論理的な裏付けがあり、明解
な語りに聴衆が引きつけられました。
 以下、その概要を記します。

〈 障害学とは? 〉
 これまで障害者を扱ってきた医学、福祉、障害児教育などの学問は、障害者の実生活や経験とかけ
離れている。障害学は、障害者の生をトータルに見ようとするもので、関係する全ての分野が対象。障
害者が排除されたり、必要なサポートを受けられなかったりする健常者中心の社会のあり方、従来の学
問を問い直していくもの。

〈 自分自身の視力低下 〉
 元々弱視で、23、4歳で視力低下。おでこを本にすりつけて読めていた字が読めなくなった。それま
で障害を「違い」と感じることはあっても否定的に捉えることはほとんどなかったが、視力低下後2ヶ月
間程は将来を悲観し無力感に襲われた。
 今振り返ると、視力が低下した時に落ち込んだのは次のような理由から。
 1. それまでの生活上の知識と技術を失い、新しい生活での知識と技術を得ていなかったから(時間
が経てば身につけられる)。大阪での電車の切符の買い方を知っていても、アフリカのコンゴに引っ越
せば、そこでは役に立たないのと似ている。
 2. 情報不足・思い込み。全盲で研究者がいることを知らず、視力が低下した自分には研究者になる
のは無理だろうと夢をあきらめた。

〈 生い立ちなどから 〉
 経緯は分からないが、弱視学級のある別の校区の小学校に入学。自分のせいでなく、行政の取扱
によって別の学校に行かされるのは理不尽で腹立たしい。もしも僕に子どもがいたら統合教育を選ぶと
思うが、特殊学級や地域の学校へ行くことなど、本人の生き方に国や行政が介入し、強制するのはお
かしい。
 障害児と健常児が共に過ごすことが強調され過ぎている。僕は、弱視の子とも、健常の子とも遊んだ。
障害をもったもの同士が集まれる場(学校でなくてもいい)が必要。落ち込んだ時は、同じ経験をもつ仲
間に話す方が分かり合えやすい。失恋した時には、モテるやつには悩みを相談しない。同じ経験をもつ
仲間、違う経験をもつ仲間とバランス良くつきあうことが大切。
 障害者は、しばしば過保護な取扱いを受ける。小学3、4年の頃、木造校舎の床にモップをかけるのを
皆面白がって、やりたがった。しかし先生は、弱視学級の子には危険だといってさせなかった。自分が
できることを止められるのは腹立たしい。
 一人で電車に乗るなと親に言われ続けてきた弱視の女性がいた。高校で現地集合の遠足があり、さ
すがに親もついていくわけにいかず、その女性は一人で行く練習を3回して、現地まで電車に乗って一人
で行けるようになった。
 外出なら大人になってからもできるけれども、人間関係を身に付けるのは難しい。先生が本人の代わり
にしゃべったりしていると、自分で間合いなどが取れなくなる。
 人は障害の有無に関わらず、徐々に力を付けていくもので、年相応に身につけないといけない力がある。
過保護(パターナリズム)は、個人の力を奪ってしまう。

     <講師、倉本智明さん>
 1963年、大阪市生まれ。現在、関西大学社会学部、聖和大学教育学部ほか非常勤講師。専攻は、
障害学、福祉社会学。

〈主な著書〉
・『障害学の主張』(石川准と共編著、明石書店、2002年)
・『障害学を語る』(長瀬修と共編著、エンパワメント研究所、2000年)
・『実践のフィールドワーク』(共著、せりか書房、2002年)、『障害学への招待』(共著、明石書店、1999年)ほか。


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