あんな声 こんな声


高校入試 TYさん(大阪府)

 求める会の先輩たちの高校入試を、半分他人事のように思ってのんきに過ごしていたらあっという間に中三になってしまいました。
 十数年にわたる求める会の歩みがあったから、のんきにも構えていられたように思います。
 高校入試にたいする不安は本人の今までの学習や成績によるものが大部分だったように思います。府教委の担当のなかには、先輩たちの入試時に担当された先生がいらっしゃったので、交渉事も進めやすかったと思います。

先輩たちが、入試に関する交渉の資料をたくさん残しておいてくだっさったので、中学校の先生方も参考にできてとても良かったです。
 過去の入試問題は、夏休みに学校の先生と点訳アルバイトの方、本人と母、6人でいきました。貸し出し要求は認められませんでしたが、一室を用意されていてゆっくり時間をかけて閲覧できたので充分でした。

<交渉で時間延長を訴える>
 この過去問題閲覧の時も、求める会からの交渉の時も、見えない事による不自由さ、学習内容によって、また点訳の仕方によっても、非常に理解しにくいことがあり、晴眼者が考える以上に苦労を伴うことなどを訴えました。

焦点は、困難と思われる問題に対する「さしかえ問題」の難易度の配慮や、図や表などを含む問題には、1・5倍よりさらに時間の延長を要求することでした。図や表を読みとって理解するのには、晴眼者の1・5倍の時間では、とうていできないからとしつこいくらいに訴えたように思います。

差し替え問題にたいしては、差し替えられる問題と差し替える問題の難しさ簡単さを、ほぼ同じ程度に、という要求には、担当者に伝えておくというぐらいの答えだったのですがこちらの意志は伝わったと思います。
図の問題に対する時間延長の要求は、1問につき5~10分程度の延長をお願いしたのですが認められませんでした。

<本人にもやる気が>
 さて本人の方は中三になるまではぼんやりしていた感じですが、中三になってクラスメイト達が入試一色になっていく中で、自分もしっかりやらないと、行くところもなくなってしまいそうだと思ったのか、やっとやる気がでてきたようです。

大学生のお姉さん(全盲)に、週1回来てもらって英語を教えてもらったり、いろいろ話をするうちに、高校への希望も生まれていったようです。他の教科は、10月頃から学生アルバイトの家庭教師のお兄さんに来てもらい、2本立てで臨みました。
とても遅いスタートでしたが、本人がやっと本気で入試に立ち向かおうとしていました。

夏休みは、実は旅行もキャンプも行きましたが、冬はさすがにスキーも行かず(あたりま
えかな?)がんばりました。

<入試本番>
 さて、いよいよシーズンです。
 K高校の入試は模擬試験のつもりで行きました。入試前の学校長との打ち合わせでは、きちんと話しておいたのですが、当日試験場の教室には、打ち合わせておいたはずの大きめの机がなく、あわてて用意したという事がありました。その他のことでは、丁重に対応してもらえました。

S高校では、本人の受験室と一般の生徒の受験会場を離すために、一般生徒の受験棟を通常の棟より1棟ずらして間をあけて設定していました。雑音が入りにくい静かな教室でした。
中学校の先生は、ついたてを挟んで同室に控えるようになっていました。
 ついたての向こうで、解答を打つ音など聞いて「できてるかなー」と心配していたようですが、
本人は「ここまで来て今更心配してもなー…」なんてのんきにしていました。
やはりここでも、保護者の方の控え室はこちら…と案内されましたが、じっと居たってしょうがないので「お弁当とってきます」と帰りました。

中学校では実力テストも1日で5教科やっていたので思ったほど疲れていませんでした。 
図形の問題がたくさんでましたが、「図の問題のところに来たら手を挙げるように」と言われていて、その度に図が理解しやすいように解説してくれたそうです。  
 対府交渉の時、触図についてしつこく話したことが効き目があったんだと思いました。

また、試験問題に目次をつけてほしいという要求も聞いてもらえたようです。見える人のように問題を一見して、どんな問題があるかわからないし、どれを先にしようかなど作戦も考えられないからと言う理由で要求していました。
目次は、試験の始まる5分間にゆっくり確かめられたようです。
教科ごとの休憩は10分から15分あったようです。その後5分間試験教科についての注意などの時間があり、そのときに目次だけ見せてくれたそうです。

<合格発表直後に点字の入学案内書>
 合格発表っていやなものですね。どきどきして校門を通過して、掲示板まで長くて心臓に良くないです。 自分の時なんて何とも思わなかったのに。
「あった!あった!」本人の番号。見て見てと言っても見えないよなー。しばらくぼうっとしていたら教頭先生に呼ばれ、会議室で新1年生の教科担任の先生方とひきあわされ、うちの希望などについて話しました。 その後すぐに十数人の先生方は中学校に出向かれ中学校の教科担任の先生と引継のような話をされたそうです。

 発表の日の午後には入学説明会がありましたが、点訳された入学の案内書を手渡されもう点訳が…と感激したのですが、実は秋の対府交渉の時、合格直後に渡される書類の点訳など、入学に向けて速やかに対応してほしいと要求していたのです。

<ゆったりしている高校生活>
 朝登校時にバスが1本もなく、交通事故多発地なので、当分は送っていくことになりました。
先日、バスで帰宅できるように訓練してもらいました。
 高校は他の生徒もみんな、気持ちがゆったりしているようで本人ものびのびして楽しいよう
です。授業もみんなが理解できるように丁寧で、わかりやすいそうです。

高校では障害児学級や介助の先生などありませんが、教科によって正規の先生がアシスタントとして入り込みしてくれています。 試験の前などは他の生徒も入り込みの先生に質問したり得しているようです。
 あっと言う間に1学期が終わりました。
思えば家より学校が好きで、夏休み早く終わって2学期にならないかなーなんて言っていた
小学校低学年の頃、4年の頃女子の陰湿ないじめに悩み、鍛えられて「早く歩行訓練したい」と単独歩行できるようになり、高学年は大好きなy君と同じ学級で、同じ卓球部で楽しく過ごし、中学校では楽しいこともたくさんあったけれど、悪口など気にしたりして過ぎていきました。

市の弁論大会に代表で出ていやな奴らを告発したり、修学旅行でウィンドサーフィンして一番長く進めたと校長先生にほめられたり、まあ、いろんな事があったあっと言う間のような長い間だったような義務教育時代でした。
 まだまだこれからです。

これからの子供達の「自由で安全な歩行」のために MNさん(奈良県)
 
 私の長女(全盲)は現在中学3年生で、4月からは公立高等学校へ進学予定です。小学校・中学校とも地域の学校に通ってきました。小学校の6年間は盲学校の教育相談に週一回通い、点字指導や歩行訓練などを受けました。
 小学校6年の一学期まで、登下校は殆ど母親である私が付き添っていました。娘一人の時は私が手をつないでいましたが、お友達と一緒の時はたいていお友達と手をつないで、私は離れて歩いていました。

6年の夏休みに通学路の歩行訓練をして、一人で登下校できるようになりました。中学に上がる時も春休みに、中学への通学路の歩行訓練をしました。幸い4年間大きな事故もなく参りました。それほど危険なところを通るわけではなかったのですが、親としては心配が尽きないものです。玄関で見送ったあと「ちゃんと通りを渡れただろうか」「今頃どの辺を歩いているだろうか」などと気になる日も多いです。本人は慣れてくると、かなりの早足でスタスタと行ってしまいます。その後ろ姿を見ながら、「慣れが一番恐いのよ」「遅刻してもいいから焦らずに行きなさい」と何度も言いたくなります。たまに口に出すと、「分かってる!」「大丈夫!!」と返ってきます。私は心の中で「どうか大きな怪我をしませんように・・・」とつぶやきます。
 
路上駐車している車のドアミラーに顔をぶつけて青アザをつくったり、「燃えないゴミ」の収集場所が狭い歩道の上になっていたため、ゴミをよけて通るのに戸惑ったことも何度かありました。道路工事や家の新築工事などでトラックの駐車が多くなったり、道の状況がその日によって変わっていたりもしました。
 
本人がよく恐がっていたのは、ゴミの収集車でした。収集車の作業の音で回りの音が聞こえなくなってしまいます。ちょうど登校する時間帯が収集の時間と重なり、タイミングが悪い時には、ものすごい音の中なんとか一つの収集場所を通過できたかと思うと、途中で収集車に追い越され、次の収集場所でまた出会ってしまうというようなこともあります。
 ある時、私は本人が帰ってくるのを遠くから見ていました。歩道のない住宅地の道です。
本人の行く手にはトラックが駐車していました。トラックのドアが開いていて、ちょうど運転手さんが乗り込むところでした。運転手さんはトラックの後ろの方から本人が近づいてくるのに気付いたようでした。数秒、本人の方を見てトラックに乗り込み、エンジンをかけてすぐに走り去って行きました。本人はトラックが駐車していた位置から数メートルのところで暫く「固まって」いました。この時運転手さんはきっと、本人がトラックの後ろにぶつかる前に・・・と思って急いでトラックを発進させたのだと思います。でも本人は、いきなり目の前でエンジンの音がして本当に驚いたようです。運転手さんに全く悪意はなく、むしろ気を使ってくださったのだと思いますが、せめて「一声」かけてくださっていれば・・・と思ってしまいます。
 
通学路の途中に大きな石を積み上げた石垣のわきを10メートルほど通るところがあります。
その石垣の所々に丸くきれいに刈られた木が植え込んであり、その木がちょうど本人の顔のあたりに突き出しています。きちんと手入れをされたきれいな石垣なのですが、本人にとっては顔に枝が刺さりそうで大変恐いところです。いつもそこを通る時は、右手で白杖を振り左手を顔の前にかざす「防御の姿勢」で通っています。
 嬉しかったのは、周辺の住民の方々に温かく見守っていただけたことです。よく路上駐車されている所では、近くの方が気付いたら声をかけてくださったり車を避けるように手引きして下さったりしました。歩道にあった「燃えないゴミ」の収集場所は、学校の塀に沿った所でしたので、学校から自治会にお願いしていただき危険のないように改善していただきました。
 
4月から高校へ通うようになればバスや電車を利用することになります。
 バスは、もう半年ほど前から一人で利用して、最寄の電車の駅まで何度も行き帰りしました。
利用している奈良交通のバスは、良い運転手さんが多いように思います。障害者に対してだけ
でなく、お年寄りにも小さな子供にも勿論のこと、すべてのお客さんが安心して安全に利用でき
るよう運行なさっていると感じます。
 
親として、成長する娘を嬉しく思う一方、心配 も心から離れません。利用する駅・ホームに危
険なところはないだろうか?なにかのアクシデントでもあって、運行が普段と違っていても娘はうまく対応できるだろうか?うっかり乗り越しでもしてしまったら・・・?
 しかしそんな親の不安をよそに、地域の人とのつながりを少しづつ作りながら『一人で自由に出かける喜び』を娘が感じ始めていることを嬉しくも思います。日本のどこに住んでいても、一人の視覚障害児が社会人へと巣立っていく過程で、自分の住む地域の中で安心しながら『一人で自由に出かける喜び』を感じていってくれたらいいなあと、一人の親として思います。

試行錯誤の連続 ―― でも 息子の様子に励まされ TMさん(大阪府)
 
 息子は8才、地域の市立小学校の2年生です。1才で、網膜芽細胞腫のため両眼を摘出し全盲です。にぎやかなことが大好きで、積極的な子なので、毎日喜んで学校へ通っています。
いじめや仲間はずれもなく、むしろ今は、「目が見えへんのに、よう知ってるな。」とか、「ようできるな。」と感心する声を聞いて、本人は気を良くしているところがあります。体も大きいほうで、廊下でも自分からプロレスやすもうごっこをしかけています。親が、「あぶない。」と止めると、「遊んでいるのに、じゃませんといて。」と反対に文句を言っています。男の子なら一日中走りまわりたい年齢だから、無理もないなとは思いつつ、この頃はまわりのお子さんにケガをさせないか心配になります。
 
しかし、早いものです。もっといろいろな心配や不安を抱えて、地域の小学校へ入学してから1年が過ぎました。市では、「地域の子は地域の学校へ」という指導指針で、入学することには、問題はありませんでした。しかし、現在、全盲の小学生は市にはいないし、もちろん点字のできる先生もいないということでした。学校との入学前の話し合いも、問題が起きたら、一緒に解決していこう。点字については、先生も一緒に勉強していこうということでした。先ずは、子どもが集団になじみ、楽しい小学校生活を送ることが一番大事だということでした。もちろん、私達両親もそのことには異論はなく、4月に1年生のスタートをきりました。
 
入学にあたって、学校でしてもらったことは、

@点字の教科書(さんすう・こくご・おんがく)の3教科

A養護の先生が、介助のために付くということでした。
 
要望していた入学前の歩行訓練については、教育委員会に願いしましたが、できないとのことで、結局は日本ライトハウスに個人で依頼してやってもらうことになりました。
 他には、机の天板を少し大きく変えて、まわりを1センチ高いワクでかこったものを作っても
らったり、体育にメロディーボールを使ってもらったりしています。勉強も介助の先生がついてくださっているせいか、今のところ内容は良く理解しているようです。
 
しかし、点字の読み書きだけは問題です。家で親だけで補うことは、とてもできないことだと思いました。そこで、1年生の2学期に、学校や教育委員会にお願いして、盲人福祉協会の訪問指導員の方に、短期間でしたが、週に1度学校に来てもらって、教えて頂きました。

計15回でしたが、子どもは上達がはやく、もっと継続して教えて欲しかったのですが、訪問指導は大人の待機者が何人もいるとのことでした。
 
今この時期、何が息子にとって必要なのか、どんなことをさせてやるのがベストな方法なのか、専門的な知識もなく、親としては試行錯誤の連続です。
 そんな時でも、ニコニコしながら毎日学校に通っている息子の様子に励まされ、『求める会』の皆様には、例会でのアドバイスに大変勇気づけられております。まだまだ2年生。どうぞ、これからもいろいろ相談させて下さい。よろしくお願いします。


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